二酸化炭素をはじめとする地球温暖化ガスが産業革命以降急激に増加し、二酸化炭素の排出量を削減する国際的な取り組みが行われてきています。このような状況の中で、光合成により植生が大気中の二酸化炭素を吸収する量が現実にはどのくらいであるのかという事に関心が高まっています。
二酸化炭素の植生による吸収量は、光合成により植生が二酸化炭素を固定する量から植生自身の呼吸量を差し引いて求められる純一次生産量から、植生の生えている土壌内の微生物による呼吸や枯葉の分解による二酸化炭素の大気中への再放出量を差し引くことにより推定できます。土壌内微生物による呼吸量は、全地球では炭素量に換算して60(PgC) くらいであると考えられていますが、まだ研究段階です。(Pは、10^15を表します 。)植生の二酸化炭素吸収能力の推定のためには、この土壌内微生物の呼吸量と植生の純一次生産量の両者ともに精度よく推定していく必要があります。
植生の成長量の調査は、全世界的な取り組みで1960〜1980年に行われました。このデータを基にいくつかの気候的なモデルが作られ、気温や湿度の観測データを用いて、植生の二酸化炭素吸収量が推定されてきました。しかしこれらのモデルには、現実の植生の分布やその活性度が反映されているわけではありません。近年の技術開発により、人工衛星による地球観測が行われています。台風の際、雲の様子をよく捉えているひまわり衛星の画像は非常に身近なものとなってきています。これら人工衛星のデータ解析により、地球上の植生の分布やその活性度が観測できるようになりました。
共生科学研究センター協力研究員である熊彦氏の学位論文では、2002年12月に日本の宇宙開発機構によって打ち上げられたみどり2号に搭載されたGLI(グローバル・イメージャー)によって観測されたデータからいかに植生の活性度を抽出するかを研究し、その手法を用いて、陸域の純一次生産量を推定しました。 図は、陸域の植生純一次生産量の分布を示します。この解析から全地球での1年間あたりの純一次生産量は炭素量に換算して66.5+- 17.3( PgC )と推定されました。
気候変動に関する政府間パネルの報告書によると、地球全体の1年間あたりの化石燃料による二酸化炭素の排出量は、1960年代では2 ( PgC )であったものが、2000年代にはその3倍に増えています。全地球では、植生による純一次生産量の方が排出量に比べて多いのではと思われるかもしれませんが、関西周辺地域で同じような解析を行うと、エネルギー消費による排出量は、植生による純一次生産量の数倍にもなります。いかに我々のエネルギー消費が多いか実感できます。
共生科学研究センターでは、土壌内微生物の呼吸に関する研究や大気中の二酸化 炭素の濃度の連続測定が古川教授によって行われています。センターではこれらのデータを総合的に解析することにより、人間活動 によるエネルギー消費量に対して植生が吸収でき る二酸化炭素の量がどのくらいであるのかという植生の果たしている役割を定量化し、共生循環型社会の構築を考えていくために信頼のおけるデータを提供していたいと思います。
植生純一次生産量
前述の通り、遠隔から観測するため時には雲により地上の状況の観測が困難であったり、地上での検証作業や解析方法の検討が必要ではあるが、過去に観測されたデータを慎重に解析することにより、時間軸をさかのぼり、過去から現在までの変動を空間的に知る事ができる。衛星による観測は当初は軍事目的であったが、1972年に初めて地球陸面の環境を観測する目的のLANDSAT衛星1号がアメリカにより打ち上げられた。この衛星プロジェクトは現在も継続しており7号が観測を続けている。日本では、2006年1月にだいち(ALOS)衛星が打ち上げられデータも順調に取得されている。その名前の通り大地を詳細に観測する目的で打ち上げられた衛星である。下図は、1975年、1985年、2000年、(それぞれLANDSAT衛星2号、5号、7号による観測)、2006 年(ALOS衛星による観測)における奈良県北部大和平野地区の植物被覆率の変化の様子を示す。緑色が植生に覆われた地域、赤が市街域や開発地域を示す。1985年に北部や南部の道路沿いに開発が進み、2000年にはさらに住宅地等が広がっている様子が観測できる。また、2006年のデータは10mの空間分解能で観測しているため、LANDSAT衛星の結果と比べてより鮮明に住宅地等の形状が観測されている。またALOS衛星には、数mの空間分解能で多方向からの観測を行なうセンサも搭載されている。このような高空間分解能のデータの利用によりこれまでむずかしかった都市域の緑地分布や森林内の状況の詳細な解析に利用できる。LANDSAT衛星の35年にも渡るプロジェクトに敬意を表するとともに、日本の地球観測プロジェクトも現在は未来への貴重なデータを取得しているということを念頭におき、ゆるぎないポリシーのもと長く継続して観測していく事を期待したい。