教科書の一章を執筆しました
自然科学系・情報科学領域 高須夫悟
この夏に共立出版から出版された「行動生態学」の1章を執筆しました。「行動生態学」は現代の生態学というシリーズの第11巻目を構成しており、行動生態学の分野において標準的な教科書となることを目指したものです。
共立出版のウェブサイト:http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320057388
これからこの分野に興味を持つであろう大学学部生を対象としたこの書籍の第5章「表現系進化の理論 ― アダプティブ・ダイナミクス (Adaptive dynamics) を執筆しました。
行動生態学は、動物の行動一般を様々な生態学的な視点から解明することを目指す研究分野です。生態学では、アリなどの昆虫がどのようにして餌を集めるのか?どのようにして交配相手を探すのか?なぜ雄と雌といった性が存在するのか?どのようにコミュニケーションをするのか?どのように移動するのか?、といった様々な事例が研究されてきました。昆虫や動物に限らず人間の行動も研究対象となります。多くの事例が示すように、人は往々にして赤の他人に手をさしのべたり、ボランティアに参加するなど様々な協力行動を示します。人間社会で協力行動がどのようにして進化して維持されてきたのか?という問題も広い意味で行動生態学が取り扱う問題です。
私はこれまで生態学におけるいろいろな問題に「適応的」な観点からアプローチする研究に取り組んできました。適応的な視点とは、より多く子孫を残す形質(ここでは行動様式)が次世代に受け継がれることによって進化する、というダーウィンの自然選択の考え方に立脚する考え方です。
情報科学と行動生態学との接点がすぐにはわかりにくいかもしれませんが、適応的な進化では集団の適応度は高くなる方向に進化します。しかし、適応度を計算する場合、自らの形質とそれを取り巻く他者との相互作用を考慮する必要が往々にしてあり、しばしば直感とは反する事例が可能となります。ここに数理的なアプローチの必要性が生じます。数理モデルを用いることで、行動の進化や意思決定といった一見複雑な過程を道筋たてて論じることが可能になるのです。
私が執筆した第5章では、表現系の進化を数理的に取り扱う手法としてのアダプティブ・ダイナミクスをわかりやすく紹介しています。アダプティブ・ダイナミクスとは、進化的に安定な戦略といった進化生態学の分野で最も重要な概念を包括的に拡張した数理的手法の一つであり、近年、様々な分野で用いられるようになってきています。まさに学際理学としての理学部情報科学ならではの研究分野ともいえるでしょう。興味のある方に是非一読をお勧めします。